MAPK阻害剤ってなに?Ver.2 2025/1
MAPキナーゼ阻害剤(Mitogen-Activated Protein Kinase:MAPK)
Frequently Asked Questions(FAQ)
MAPKシグナル伝達経路ってなに?
Mitogen-activated protein kinase (MAPK)シグナル伝達経路は、生物の生存に関わる様々な機能を調整するための細胞内の伝達システムです。細胞の外からの刺激を細胞は受容体と呼ばれるアンテナで受け取り、細胞の中のタンパク質が次々に刺激を伝達していきます。そして、その刺激が核まで伝わり、タンパク質の合成へとつながり、生体機能(細胞増殖、細胞分化、代謝調節、免疫機能調節、細胞ストレス反応、アポトーシスなど)は適切に調整されます。ヒトの細胞には複数のMAPKシグナル伝達経路が存在しますが、組織球性腫瘍の発症に強く関与するのは、“ERK 経路(Ras/Raf/MEK/ERK 経路)”です。いわゆる「がん細胞」では、このERK経路に異常が起きて、外から刺激が来なくても常にスイッチがOnになって、刺激が伝わり続ける状態になっていることが多々あります。ほとんどのLCH患者さんにおいて、LCH細胞のERK経路に異常が起きていることがわかってきています。
組織球性腫瘍ではMAPKシグナル伝達経路の遺伝子変異はどのくらい割合で存在するの?
図1. 組織球性腫瘍の細胞ではERK経路が常にスイッチOnになっている
ERK経路の異常は、その経路にあるタンパク質の設計図の書き間違え、すなわち遺伝子変異によって生じます。
2010年にLCH患者さんの約半数が、ERK経路のBRAFタンパクの遺伝子にBRAF V600Eという遺伝子変異があることが、ほとんどすべてのLCH患者さんでERK経路のスイッチが常にOnになっていることがわかりました(図1)。これをきっかけにして、RAF蛋白の次に刺激が伝わるタンパクMEK1(MAP2K1)など、ERK経路(Ras/Raf/MEK/ERK 経路)のタンパク質の遺伝子変異が次々に見つかりました。LCHを含めた組織球性腫瘍の患者さんの約8割にERK経路の遺伝子変異が明らかになっています。スイッチOnになることによって、組織球性腫瘍の細胞は死ななくなり、ひどい炎症を引き起こすようになります。
組織球性腫瘍に対するMAPK阻害剤の効果について
ERK経路に遺伝子変異が生じ、ERK経路のスイッチが常にOnになってしまうことが、組織球性腫瘍になる根本的な原因だと考えられています。このため、このERK経路のスイッチを断ち切る薬、すなわちMAPK阻害剤が組織球性腫瘍に効くのではないかと期待されてきました。
2013年に初めてErdheim-Chester病という組織球性腫瘍に対してBRAF阻害剤(Vemurafenib)が効いた報告されました。この論文の題名には“Dramatic efficacy of vemurafenib”「劇的に効いた」と記載されており、組織球性腫瘍に対するBRAF阻害剤の効果の高さを象徴する報告でした。さらに、BRAF V600E変異陰性の組織球性腫瘍に対してもMEK阻害剤(Cobimetinib)が効いたと2019年に報告されました。さらに、BRAF阻害剤(Vemurafenib)は小児の難治性LCH患者さんにも有効性が高く、LCHの症状がすぐに消えることがわかってきました。
MAPK阻害剤を内服すると症状はすぐに消えますが、この薬だけで遺伝子変異のある細胞が消えてなくなることはありません。なので、飲むのを止めるとほとんどの患者さんが再発します。MAPK阻害剤によって皮膚や肝臓に副作用が出ることが結構あります。また、MAPK阻害剤で症状が消えても中枢神経変性症(LCHで今一番ホットな話題「中枢神経変性症」を参照)には十分な注意が必要です。
組織球性腫瘍に対するMAPK阻害剤の承認状況は?
MAPK阻害剤は、皮膚がんである悪性黒色腫などに対して承認され幅広く使われていますが、組織球性腫瘍に対してはなかなか承認されませんでした。
2017年に「BRAF V600E変異を有するErdheim-Chester病」に対してBRAF阻害剤であるVemurafenibがアメリカのFDAによって初めて承認されました。その後、MEK阻害剤であるCobimetinibが「遺伝子異常を問わず成人組織球性腫瘍」に対してFDAによって承認されました。
日本においては、長らく組織球性腫瘍に対してBRAF/MEK阻害剤の承認が得られていませんでしたが、2023年11月に世界で初めてBRAF阻害剤であるダブラフェニブ(タフィンラー®、ノバルティスファーマ)とMEK阻害剤であるトラメチニブ(メキニスト®、ノバルティスファーマ)の併用療法が体重26kg以上の「標準的な治療が困難なBRAF V600遺伝子変異を有する組織球性腫瘍」に対して承認されました。さらに、2024年11月には、小児用製剤である「タフィンラー®小児用分散錠」と「メキニスト®小児用ドライシロップ」が薬価収載され、体重8kg以上の組織球性腫瘍に対してBRAF/MEK阻害剤の投与が可能となりました。
表1.MAPK阻害剤の承認状況
| 承認年・地域 | 薬剤名 | 適応症 |
|---|---|---|
| 2011年 FDA | ベムラフェニブ(B) | 切除不能または転移性悪性黒色腫 |
| 2014年 国内 | ベムラフェニブ(B) | BRAF変異を有する根治切除不能な悪性黒色腫 |
| 2016年 国内 | ダブラフェニブ(B)+トラメチニブ(M) | BRAF変異を有する悪性黒色腫、切除不能な進行再発非小細胞肺がん |
| 2017年 FDA | ベムラフェニブ(B) | BRAF V600E変異を有するErdheim-Chester病 |
| 2019年 国内 | エンコラフェニブ(B)+ビニメチニブ(M) | BRAF変異を有する根治切除不能な悪性黒色腫 |
| 2022年 FDA | ダブラフェニブ(B)+トラメチニブ(M) | 6歳以上のBRAF V600E変異を有する切除不能または転移性固形がん |
| 2022年 FDA | コビメチニブ(M) | 成人組織球性腫瘍(LCH, Erdheim-Chester 病, Rosai-Dorfman-Destombes病) *MAPキナーゼ経路の遺伝子変異の有無を問わない |
| 2023年 国内 | ダブラフェニブ(B)+トラメチニブ(M) | 標準的な治療が困難なBRAF 遺伝子変異を有する進行・再発の固形腫瘍(結腸・直腸がんを除く)*組織球症患者は本薬剤の投与対象。(体重26kg以上) BRAF遺伝子変異を有する再発又は難治性の有毛細胞白血病 |
| 2024年 国内 | ダブラフェニブ(B)+トラメチニブ(M) | <体重8kg以上の患者に対する適応追加> 標準的な治療が困難なBRAF 遺伝子変異を有する進行・再発の固形腫瘍(結腸・直腸がんを除く) BRAF遺伝子変異を有する低悪性度神経膠腫 *組織球症患者は本薬剤の投与対象。 |
B:BRAF阻害剤、M:MEK阻害剤
MAPK阻害剤であるダブラフェニブ・トラメチニブ投与までの検査
国内においてダブラフェニブ・トラメチニブの治療を行うとき、「BRAF V600遺伝子変異を有」するという制限がついていますので、腫瘍細胞にBRAF V600遺伝子変異があることを確かめる必要があります。検査方法としては、がんの種類にかかわらずBRAF V600遺伝子変異を検出するためのコンパニオン診断薬である“MEBGENTM BRAF3キット”と、“がんゲノムプロファイリング検査”があります。組織球性腫瘍では、病変の中の腫瘍細胞の割合が少ないことが多々あるので、コンパニオン診断薬では、変異が検出できない可能性もあります。“がんゲノムプロファイリング検査”を用いると、腫瘍細胞の割合が比較的数なくても変異の検出が可能ですが、エキスパートパネルとよばれる専門医の会議で本当に確かな遺伝子変異かどうかを検討した後に、ダブラフェニブ・トラメチニブ投与に対する推奨を得る必要があります。
BRAF V600変異陽性の体重26kg以上の組織球性腫瘍患者さんに対するMAPK阻害剤の観察研究について
2023年11月にダブラフェニブ・トラメチニブが組織球性腫瘍に対して日本で承認されましたが、「どのような患者さんに投与するのがよいのか?」、「どのくらいの薬の量が最も良いのか?」、「どのくらいの期間飲めばいいのか?」、「2つの薬を合わせて飲むほうが良いのか?」、「ほかの薬と併用したほうが良いのか?」、「副作用が出たときはどうすればよいのか?」、など、今後明らかにしていかないといけないことがたくさんあります。みんながバラバラに好き勝手に薬を使っていては、このようなことは明らかになりません。きちんと解決するためには、ダブラフェニブ・トラメチニブ投与を受けた患者さんに観察研究に参加いただいて、データを集めていくことが大切です。観察研究の詳細については、「臨床研究について>医師の方々へ>Histiocytosis-MAPKi研究」を参照ください。
BRAF V600変異陰性の組織球性腫瘍患者さんに対するMAPK阻害剤について
現在のところ、日本で承認されているMAPK阻害剤の適応は、BRAF V600遺伝子変異を持っている組織球性腫瘍患者さんのみです。BRAF V600遺伝子変異を持っていない組織球性腫瘍患者さんに対して承認が得られている MAPK阻害剤は、日本で現時点では存在しません。
もっと詳しく知りたい方への参考文献
- Thermo Fisher scientific. 【いまさら聞けないがんの基礎 9】Ras/Raf/MEK/ERK (MAPK)シグナル伝達経路とは?. https://www.thermofisher.com/blog/learning-at-the-bench/cancer9/. (accessed 28 November 2024)
- ノバルティス ファーマ株式会社. プレスリリース. ノバルティス、「タフィンラー®」「メキニスト®」併用療法の BRAF 遺伝子変異陽性の固形腫瘍および有毛細胞白血病に係る効能及び小児用法・用量追加の承認を取得. https://www.novartis.com/jp-ja/news/mediareleases/prkk20231124. (accessed 28 November 2024)
- ノバルティス、小児用剤形「タフィンラー®」小児用分散錠、「メキニスト®」小児用ドライシロップを発売. https://www.novartis.com/jp-ja/news/media-releases/prkk20241120-1 (accessed 28 November 2024)
- 石井 暢也. 【がん治療薬の研究開発戦略 1】やっと来たがん分子標的の大物、MEK/RAF MAPK 経路阻害薬の研究開発. 日本薬理学雑誌. 2013; 141: 15-21.
- Donadieu J, Larabi IA, Tardieu M, et al. Vemurafenib for Refractory Multisystem Langerhans Cell Histiocytosis in Children: An International Observational Study. J Clin Oncol. 2019; 37: 2857-2865.
- Abla O. Langerhans cell histiocytosis: promises and caveats of targeted therapies in high-risk and CNS disease. Hematology Am Soc Hematol Educ Program. 2023; 2023: 386-395.

